待ちびとへの恋文

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 如何せん、わたしは不器用な男だった。 だったと言うにはまだ生きている内には早いだろうか。  ある日、玄関にある下駄箱の上にある鍵置き場でそれに気づいた。 小さな鍵だ。車に自転車、物置と幾つもの鍵を置いている小さな皿は、ついひと月前に逝ってしまった妻が買った猫の絵が描かれている。  はて、これは何の鍵だったか。  そう首を傾げたのも束の間、わたしは気づいた。 遺品整理をしている時にどうしてもあかなかったあの南京錠だと。  やや急ぎ足で居間へと向かったわたしは、机に出しっぱなしにしていたそれを手に取った。  南京錠がついている一冊の本だ。  表紙は妻が好きだった藍色の皮で、指触りが大変良い。 暗くさびしい色だと以前わたしが言った事があるが妻は、こんなに優しい色はないのよ、と言ったのを覚えている。 理由はそれまで、今はこの質感だけが教えてくれる。
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