未定

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 彼が降りる頃にはその真っ黒い車体もきっと色とりどりの、と思いながら、俺は前方に向き直った。オペラシティ沿いの街灯と行き交う車のヘッドライト、東京には珍しく星の灯りまでもが目の前の歩道を照らしていた。誰もいない。  10月31日午前2時43分、場所は初台、甲州街道、俺は犯人を見失っていた。  またキャリアが汚れた。とりあえず、突っ立っていた。【木偶の坊】は俺が引き受けよう。  何度も犯人を取り逃してきた。犯人といっても大抵は資材泥棒やパクチャリ小僧といった軽犯罪者だが、俺はそいつらさえ捕まえられない無能警官なのだ。ひとつの物事に集中しきれない、生まれながらの性質のせいだ。  家でも教室でもサッカーグラウンドでも注意散漫といえば俺だった。ただ、その性質は常に動いているわけではない。気分が高揚している時にだけ作動するのだ。  たとえば幼年期、近所の文具屋で画用紙を買ってくるよう母に頼まれ、はじめてのおつかいに興奮した俺は「それって楽勝」と平静を装って自宅を出たが、間もなく目的を忘れてしまった。文具屋まで残り約200メートル付近の小路で、野良マルチーズに出会ったのだ。     
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