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野良犬は珍しくなかったし、マルチーズだって何度か見たことはあったが、それまで出会った野良犬といえば中型犬以上だったし、飼い主に連れられていないマルチーズを見たのも初めてだった。奴も俺を見ていた。尻尾を振るでも牙を剥くでもなく、しばらくただ俺を観察した後、文具屋方向へ歩きはじめた。俺はそのすぐ後をついて歩いた。薄茶色に汚れた体毛と真っ赤な肛門のコントラストが刺激的だった。文具屋の前を通り過ぎた。文具屋を通り過ぎたことは把握できたが、文具屋に用があることは思い出せなかった。
次に目を奪われたのは、ボロい長屋の軒先に置き捨てられたボロい子供用プールだった。プールは凹んで皺くちゃで、円形を保っていなかった。その色褪せ具合といい、絞った状態のまま主人に忘れ去られ、干からびた雑巾に近かった。ゴミだ。だが、俺は子供用プールで遊んだことがなく、憧れてすらいたので、ゴミだろうが野良マルチーズの肛門よりは輝いて見えた。
寒いし、犬と一緒だと少し狭いかな、でも入れたら良い感じだよな、でもやっぱ寒いよな、でもな、とか考えている間に野良マルチーズはいなくなっていた。そもそも周りには蛇口もホースも空気入れもなかったし、それらが一式揃っていたとしても俺にはプールをセットする能がなかった。
間もなく長屋の扉が開き、中からスワローズのスタジャンにミニスカートを穿いたアフロヘアのおばさんが出てきた。アフロはとても大きかったが、おばさん自体はその髪に全ての栄養を吸い取られているんじゃないかと思うほどガリガリだった。
「あら、スワローズのお友達ね」とおばさんは言った。
俺はスワローズのキャップを被っていたのだ。
「将来はスワローズの選手?」
「僕はサッカーだよ」と俺は返した。
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