【Chapter 1】1.準備室の主

3/11
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
“肉じゃが” と聞いて飛び起きた男は、【黒音(くろね) 魁斗(かいと)】。年齢は “大体” 28歳。 国内でも有数の名門大学、その中でもとりわけ考古学の世界でも類を見ない希少な理系に籍を置く理学部考古学専攻の准教授である彼は、現在不在の教授に代わり、この考古学研究室を一手に担っている。 トレードマークはボサボサ寝起き頭と、常に着用していてすっかりヨレヨレになった白衣。考古学研究室、準備室の部屋の主と言われ、いつも眠そうな顔をしており、物静かなこともあり “サイレンサー” と密かに呼ばれている。その本来の由来こそ大学内ではほとんど知られてはいないが、 “泣く子も黙る” という異名から来ているらしい。 魁斗にとっては、考古学准教授は特に望んで得た地位ではない。 “たまたま” 発表した論文が、立て続けに学会で高評価を得たこと。 “偶然” 掘り当てたものが、世界中の歴史学者達を震撼(しんかん)させたということ。 “運良く” 準教授の席が空いたということ。その上、教授が渡米する為に、後任を即座に探さなければいけなかったというだけのこと。 いくつかの偶然が重なり、本人が意図することなく、いつの間にか准教授になっていた。それが魁斗の言い分であった。 何しろ、本人は研究自体よりも寝ている方が好きなほど、あまり研究には熱心ではなかった。(本人談)決して古いものが嫌いなわけではないが、特別好きだというわけでもない。 “向こうから探される” ので、応えてやる他ない。と語るので、謙遜(けんそん)かもしれないが、それ以上の答えは得られそうもないので、誰もが “本当” の理由を聞くのを諦めた。 ただ一つ、魁斗が古いものを好きな理由はある。それは、ものは “偽らない” からだ。調査する者の先入観や意識、能力次第でもあるが、もの自体は自らを偽ることはない。魁斗にとっては、 “真実” の探求が何よりも重要で、これこそが彼が正確な研究成果を上げている所以(ゆえん)でもある。 「嘘ですよ。今日は残念ながら肉じゃがの日じゃないです」 「嘘…。松子(まつこ)くん、嘘はいけないよ、嘘は」
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!