【Chapter 1】1.準備室の主

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松子と呼ばれた女性は…… 「松子じゃないですって!【松野(まつの) 香子(こうこ)】ですっ!もう、何ヶ月一緒に研究してると思ってるんですか黒音先生!!!いい加減名前くらい間違えないでくださいっ!」 失礼。松野と呼んで欲しい女性は、今年の4月から考古学研究室の研究員として迎えられ、それ以来7ヶ月もの間、魁斗の助手…とは名ばかりの雑用をさせられている。特に、(にわとり)としての役割は、彼女以外にはできないため、自ずと魁斗の世話係は彼女に回ってくる。 彼女は考古学の世界では権威と呼ばれる有名な教授を慕ってこの研究室に飛び込んだものの、目当ての教授が現在海外へと長期 赴任(ふにん)しているため、 “仕方なく” 部屋の主である本作主人公の元で研究を続けている。 と言うのは建前で、本音は部屋の主に “こそ” 憧れて、彼の側で片腕として研究したかったために、無理に志望校のレベルを上げて寝る間も惜しんで勉強をし、ようやく入学できた凡人(本人談)である。努力の甲斐もあって、入学後には学生ながら数々の論文を発表し、凡人から秀才へと生まれ変わった。それでも、ただでさえ我が国では考古学を研究する大学は少なく、その中でも名門と呼ばれる考古学の狭き門であるこの大学の研究室の正規の研究員として雇用されるには、運にも大きく左右される。ちょうど彼女が卒業する3日前に欠員が出、運良く倍率の高いこの研究室の研究員として配属が決まった際には、興奮のあまり眠れなかったほどである。 部屋の主は全く記憶していないが、彼女とは実は何年も前に出会っているのだ。それは幼少期まで(さかのぼ)るが、それはまた別のお話。 「まあ、嘘ですけど。昨晩は肉じゃがでしたよ、本当に。あ、そんなことはどうでもいいですが、一晩中寝てたってことは、ミケちゃんのお世話はいいんですか?この肉じゃー」 「ミケ!!?」 魁斗はソファーから跳ね起き、ものの数秒で研究室からいなくなってしまった。 「肉じゃが食べてからお帰りくださいね…って言おうとしたのに…もう!せっかく作ってきたのに…ばか教師」 誰もいなくなった準備室で、松野は大きくため息をついた。松野が本音を魁斗に言えないのは、このタイミングの悪さのせいもある。
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