第1章

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「一介の学生といえど殺人の手ほどきを紹介するマニュアル本を所持することは危険である。万人に殺人を犯す権利を与えるのと同等のリスクがある。いますぐ殺人マニュアルの所持禁止を学校の規則に盛り込むべきである」 S氏とその妻は殺人マニュアルの所持禁止を訴えた。彼らは娘の死を無駄にはしまいとして出た行動だったのだ。 やがて二極化した主張をめぐり、学校、マスコミ、ネットのあいだでバチバチの意見のぶつかり合いが見られた。 さて、それを見て高笑いしていたのは、殺人マニュアルを世に送り出した著者、若き俊英の作家であった。彼はこれほどまでに自分の本が売れに売れて、世間に注目される事態に歓喜して、承認欲求を満たされた者として悦楽のさなかにあった。 ところが、次回作を書こうとして、前作のハードルが高すぎたこともあり、プレッシャーを感じてしまって、何一つ書けないスランプに陥ってしまった。やがてその作家は自分が一発屋であることに失望して、入水自殺してしまった。 作家の死を供養した年老いた作家の父親は、息子の死を無駄にするまいとして次のことを訴えた。 「もうこのような馬鹿げた議論はやめにしてほしい。息子はあまりに注目を浴びたせいで、世間の期待の重圧で死んでしまった。今後は静かな余生を妻と暮らしたい」 しかしそのような新たな主張は火に油を注ぐようなもので、収束し事件のことが忘れ去られるまでさらに一年かかってしまった。 さて、L氏もS氏も、作家の両親も、ただ、子供の死を無駄にしまいと行動しただけのことである。 彼らなりの正義はそれぞれ存在するが、果たして、どれが最も正しいのか、 それは誰にもわからなかった。
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