5人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
目を丸くしていると、泉の主はパア……ッと緑の輝きに包まれ、余りの眩しさに、思わずカールは瞼を閉じた。
――遠くで鳥の声がする。
木々の葉擦れがサワサワと耳をくすぐる。
カールは恐る恐る目を開けて、辺りの様子を伺った。
泉は、確かにあるが、もはや水面に輝きはない。
時折、木漏れ日を受けてチラチラ反射するが、深く重い色を湛えている。
既に『泉の主』の姿もなく、ただ一点を除けば、先程までの出来事は白昼夢とさえ思えた。
それは、カールの前に揃って置かれた3本の斧だ。
泉の主から与えられた金銀の斧、そして父親から譲り受けた大切な鉄の斧――。
物言わぬ斧たちが、現実であったことを揺るぎなく語っていた。
* * *
正直者のカールは、この出来事を村長に『正直に』報告した。
直ちに、カールが手に入れた金銀の斧の鑑定が行われ、それらが純金と純銀であることが確認された。
村は、大騒ぎになった。
長年、森に生かされてきた村人たちは、森に対する感謝や畏敬の念は、カール同様抱いていたが、しかしこの村は決して豊かではなかったのだ。
村の有力者たちが何度も会議を重ねた結果、泉の主が再び現れるものか、試みようという結論に達した。
だが、カールの件を受けて直ぐというのもあからさま過ぎる……と年配者たちが慎重になったため、決行は3ヶ月後、という意見でまとまった。
更に、泉の主の言葉に従い、これまでと変わらぬ勤労の精神で過ごすよう、カールに指示が下った。
元より真面目な性分だ。
カールは大量の金銀を得て、巨万の富が転がり込んだとはいえ、生活を変えることはなかった。
斧や道具を磨き、他のきこり同様、数本の大木を切り出す毎日だ。
唯一、変わったことと言えば、弁当を自分で作らなくてもよくなったことだ。
それというのもカールは、とある有力者の1人娘と結婚し、所帯を持てたのだ。
新妻との幸せな日々に、カールは益々森に感謝して暮らしていた。
* * *
最初のコメントを投稿しよう!