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「相変わらず美しいのぅ」
「ご用件は何でしょう、大神?」
目を細めるゼウス神の誉め言葉を聞き流して、恭しく頭を下げた。
「ふむ……そのことじゃが……そなたの管理している泉に、人間が斧を投げ入れてくるそうじゃの?」
「……ええ」
「そなたは、褒美を与えたそうじゃな?」
「――はい。勤勉で、……正直者でしたので」
『勤勉』も『正直』も、神々が尊ぶ美徳である。
人間は堕落や嘘に染まり易いから、美徳を示す者に褒美を与えることは、神々の慣例になっている。
「――ふむ……」
ゼウス神は豊かな顎髭を撫でながら、何やら思い巡らせている。
「何か、問題でしたでしょうか」
奥歯にものが挟まった物言いに、泉の女神は痺れを切らした。
「問題は、それが1人だけではないことです」
ゼウス神の玉座の背後から、生糸のような白髪を頭の後ろで結い上げた、年配の女性が現れた。
出た――、泉の女神は、内心舌打ちした。
「ヘラ、出掛けたんじゃなかったのか?」
ゼウス神が、古女房を見上げた。
ヘラは玉座に寄り添うと、鼻の下が伸び切り腑抜けた夫の頬をそっと撫でて、にっこりと微笑んだ。
「出掛けますわよ、この話が終わったら」
彼女は、泉の女神に意味あり気な視線をチラと送った。
ヘラが年甲斐もなく嫉妬深いことは、周知の事実だ。しかも彼女は、火のないところにもボヤくらいは平気で起こす。
火の粉を被るのは、たまったものじゃない。
「泉の女神は、褒美の大安売りをしている――もっぱらの噂ですよ」
小馬鹿にしたような声音で、ヘラは薄い唇を歪めた。
泉の女神は、挑発に乗るまいと、毛羽立つ気持ちをグッと堪える。
「――ヘラ、」
「大神、ちゃんと仰らないと――幼い者は加減を知らないのですから」
『幼い』はずがない。泉の女神とて、500歳を越えている。
要は、女神としての裁量が未熟だと言いたいのだ。
「私は、勤勉で正直な者にしか褒美を与えておりません」
「お黙りなさい!」
ピシャリと鋭く言い放つ。ヘラの双眸がサディスティックな高揚感に輝いた。
「『鉄の斧』を落としたとさえ言えば、金銀の斧が貰えると――人間界で評判になっているのですよ?!」
泉の女神は言葉に詰まった。
確かにこの半年余り、泉に『うっかり』落とされる斧の数が急増している。
それがエスカレートして、最近は2日と置かずに斧が『落ちて』くる――。
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