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「まぁまぁ、そんなに畳み掛けてはいかん」
片手をスッと上げてヘラを諌めると、ゼウス神は泉の女神を見下ろした。
「じゃが、確かに、頻繁に褒美を与えることは、我々への感謝が軽んじられるであろう」
「……すみません」
ゼウス神は玉座からスッと立ち上がると、
「良いか、泉の女神。これから先は、いくら斧が落ちて来ても、金銀の褒美を人間に与えることは相成らぬ。勤勉で正直であっても、人間は自らの努力の末に金銀を得なければならぬ。さもなくば、世の秩序が乱されるであろう」
厳かに命令が言い渡される。ゼウス神の言葉は決定事項で、もはや反論も提案も許されない。
「はい――承知しました」
泉の女神は眉間に皺を刻みながらも、頭を下げるしかなかった。
俯いた頭上から、ヘラの声をあげない嘲笑が、聞こえたような気がした。
* * *
「――そんな訳で、もう金銀の斧は与えられないのよ」
泉の女神は、途方に暮れた表情で、貯水槽の中に沈んでいる小汚い鉄の塊を眺めた。
「……女神さまぁ、でも、何かリアクションしないと……あの人間、結構待ってますよぉ?」
泉の女神は、長く見事な金髪を掻き上げた。
ニンフでも滅多に見ない仕草――女神は苛立っているのだ。
「これまで『落とした』人間と何か違いがあれば、私も鉄の斧の返還だけにしてもいいわ。でも、何ら違いがなければ……この泉の評判が下がるのよ?」
これは、ヘラ様の策略だ。
『褒美が貰える泉』として、人間界で人気が高まったことを、面白く思わなかったに違いない。
ほとほと困り果てた主人の様子に、ニンフもまた眉間に皺を刻んで考えたが、不意にニマッと笑顔になって、チェアからピョンと飛び降りた。
「――泉の女神さま。あたしに良い考えがあります!」
* * *
森の木々に囲まれた小さな泉。
エンリケは、ヒョロリと長い身体を一杯に伸ばして、深い水底を覗き込んでいた。
噂の泉に斧を投げ入れて、半時近く経つ。
――どういうことなんだ? 話と違うじゃないか!
斧の投入後、女神は間もなく現れると聞いている。それが、ウンともスンとも音沙汰がない。
――何か、手順を間違えたのだろうか……?
樹木に切り取られた狭い青空を見上げ、時間の経過を計る。
いつまで待てばいいのか……それとも、もう諦めるべきだろうか。
「――畜生め! 詐欺じゃねぇかよー!」
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