確かに愛されていた これから俺も大事にする

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 趣味はと聞かれたら読書と答える。面白みのない答えだが仕方がない。  本に触れるのが好きだ。図書館や本屋に通うのが好きだ。  自宅から数駅先は古本屋街なので、土曜はサイクリングがてら自転車で回るのを楽しみにしている。  五十歳も過ぎ、子供達も大きくなって一緒に出かけることもなくなった。妻は妻で予定が入っているそうで、休日はお互い好き勝手に過ごせるのが気楽でいい。  今日も軽く昼飯を食べてから、ふらりと古本屋街に足を運ぶ。ちらほら数軒点在しているが、中でも扱っている本のジャンルと雰囲気が好きなこの一軒が気に入っていた。  カランコロンと響くドアベル。  客が入ってきても無言で作業している店長のおやじに軽く手を上げ挨拶をする。  初老のおやじはこちらを認めると作業の手を一旦休めた。 「相変わらず暇な奴だな。休日なのに他に行くところないのかよ」 「ああそうさ、暇ついでに日曜も店開けてくれよ」  年寄りを過労死させる気かとぼやくおやじ。店開けてても大して忙しそうにはみえないけどと軽口を叩けるのは、長年通った間柄だからだ。  大型の新古書店も近くにある。確かに安いし気楽だが物足りない。昔ながらの古本屋が絶対だとは言わないが、足繁く通うのを止められない魅力が確かにあった。店にも商品にも、店長の人柄にも。  変わりはないかと書架を物色する。  この前来たのは2週間くらい前だ。カレンダーでは秋の始まりなのにまだ蒸し暑く、文庫を一冊購入して、帰ってから冷えたビールのつまみに読んだところまで思い出した。  新しい本が入っているかを見るのも楽しいが、この本まだ売れていないのかと確認するのもまた楽しい。  そんな風に自分では買わないのに売れ行きが気になる本が数点あった。まるでいい男を捕まえて早く嫁にいけよと娘を案じる父親のようでもある。  そんなことを思っていながら隣の棚に移動しようと列を動いた。その時また、あの子を見かけたのだ。
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