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今日は目を引くものが見当たらなかった。手ぶらで帰る前に、レジにいるおやじのところへ行ってとりとめのない話をするのはお約束だ。あの子のように。
「珍しいね、あんなに若い子」
「なに?」
「最近よく来ている中学生くらいの女の子。ほら、さっきおやじさんと話してただろ」
おやじは眼鏡の中央を押し上げ考え込んでいる様子だ。
「いつも緑の服を着ている子。俺『緑ちゃん』って秘かに呼んでるんだけど」
怪訝な顔をしていたおやじが「ああ、あの子か」とようやく分かってくれた。
「頼むよおやじさん、彼女とさっき話してただろ、ボケるにはまだ早いって」
わざと悪態をついたら、おやじは俺をジロっと舐め回すように見てくる。
「見えたのか?」
「見えた? なんか変な言い方だな。見えたっていうか見てたっていうか。最近ちょくちょく来てるだろ、あの子」
おやじの視線が鋭く痛い。少女趣味でもあるように思われたら困るので、慌てて言い訳するように言葉を重ねていく。
「大学生くらいなら分かるけど、中学生くらいの女の子が一人でなんて、珍しいから気になってさ」
おやじはフンっと鼻息を吐いた。
「今度会ったら声かけてみればいい」
鼻息ついでに、とんでもない言葉も一緒に吐き出した。
「な、何言ってんだよ。こんなおっさんがいきなり声かけてきたら怪しいだろ。援交目的に思われるって」
「休日もこんな煤けた店に通ってるおっさんに、誰も金なんか期待しねぇよ」
俺の動揺なんてお構いなしだ、あっさり切り捨てられた。ああそうさ、確かに金なんて持ってないよ。
「そもそも目に付くから見てただけで、彼女と話がしたいなんて思ってもいないんだから、無茶いうなよ」
さすがに自分の無茶ぶりに気づいたのか、おやじはややトーンを押さえつつも、再度同じことを勧めてくる。
「別にその、意味なんてねぇけどよ、こんにちはでもいいじゃねーか、本の趣味が合う同士、袖振り合うも多生の縁ってヤツだよ」
本の趣味が合っているのかさえこっちは知らないんだよというツッコミは、近頃耳が遠くなってなの一言で簡単に逃げられた。
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