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「持ち主の思い入れが強く残っている本は、たまに人間の姿になることがあるんだ」
受け止めた本を抱えて戸惑っている私に、おやじは淡々と語りかける。この商売やってるとよくあることさと。
目の前で起きた出来事を消化できずにいる私にとっては、このおやじが助け舟だった。
一緒に『緑ちゃん』のことを話したよな。
ついさっきまで人間だったよな。
目の前で人間が本に変わったよな。
この本はあの緑ちゃんなのか?
「あんたにあの子が見えるのが驚いたさ。俺たち古い本に関わる奴ら以外にも見える人間はたまにいるけど、異常な本好きとか、自身も深い思いを持ちながら本接していたりとか」
おやじはそこで一旦置いて、ニヤリと意味ありげに笑った。
「本が探している人間とかな」
手の中の本を見つめる。パラパラとめくると最後の奥付のページの隅に小さく、日付と俺の苗字が鉛筆で書かれていた。俺の字ではない、やさしい女文字で。
ああそうだ、これは確かに俺が選んだ本だ。忘れるもんか。
これが『緑ちゃん』? 俺を探していた?
「でもな、あの子達が見える奴はたまにいるけど、会話出来るようになるには俺ぐらいの域にならんとな」
手の中にある本の表紙を撫で、古い思い出に浸っている俺に、おやじは明らかに楽しんでいる声で茶々を入れる。
「お前さんが気づいた緑色の服な、あれはプレゼントされたときのブックカバーの色なんだとよ。元の持ち主がたいそう大事にしてたって…」
「わわわわっっ、もういいもういい、それ以上は言わないでくれ」
懐かしさを通り越して、恥ずかしさで身悶えする。
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