115人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
低収入でも構わない。贅沢なんてできなくても、車や持ち家なんてなくてもいい。
だからせめて、この平穏が続くように。ずっとこのまま耳を塞いでいたい──。
そんなふうに、わたしは自分さえ良ければ構わなかった。
陰口を叩かれても、自分の中でバクテリアみたいに細かく細かく分解して、いつか消化してしまえる気がした。それが直接家族に向けられないかぎりは。
でも、姫子も来年の春には5歳になる。
自宅が安い賃貸アパートであること。車を持っていないこと。弟も妹も産んであげられないこと。
よそとの違いに少しずつ気づき、違和感を覚えてゆくだろう。
不安が、焦燥が、爪先からじわじわと押し寄せてくる。
「俺、働こっかな」
温生がぼそりとつぶやいた。はっと息を飲み、夫の顔を見上げた。
「うちが貧困家庭だって姫子に気づかれる前に、少しでも立て直さないとな」
何を、と温生は言わなかった。
生活基盤をか。社会との関わりをか。
──それとも。
「最近、ちょうど考えてたんだ。このまま社会復帰しないでいたら、いつか後悔するんじゃないかって」
「……」
「少なくとも子どもがいるかぎり、お金はいくらあっても充分ってことないからさ」
最初のコメントを投稿しよう!