甘くて、もたれる

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低収入でも構わない。贅沢なんてできなくても、車や持ち家なんてなくてもいい。 だからせめて、この平穏が続くように。ずっとこのまま耳を塞いでいたい──。 そんなふうに、わたしは自分さえ良ければ構わなかった。 陰口を叩かれても、自分の中でバクテリアみたいに細かく細かく分解して、いつか消化してしまえる気がした。それが直接家族に向けられないかぎりは。 でも、姫子も来年の春には5歳になる。 自宅が安い賃貸アパートであること。車を持っていないこと。弟も妹も産んであげられないこと。 よそとの違いに少しずつ気づき、違和感を覚えてゆくだろう。 不安が、焦燥が、爪先からじわじわと押し寄せてくる。 「俺、働こっかな」 温生がぼそりとつぶやいた。はっと息を飲み、夫の顔を見上げた。 「うちが貧困家庭だって姫子に気づかれる前に、少しでも立て直さないとな」 何を、と温生は言わなかった。 生活基盤をか。社会との関わりをか。 ──それとも。 「最近、ちょうど考えてたんだ。このまま社会復帰しないでいたら、いつか後悔するんじゃないかって」 「……」 「少なくとも子どもがいるかぎり、お金はいくらあっても充分ってことないからさ」
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