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幸福な王子たち
隣のベンチに戻ってきたタケさんが、美味しそうに水を飲む。
「タケさん、本見せて。」
水を飲みながら、タケさんがポケットから出してくれたのは、〈幸福な王子〉。
ボロボロになっている薄い文庫本は、タケさんのおまじない。
『身を呈して、誰かを幸せにすることが幸福やと思える人であるため。』
そんなタケさんの言葉に、この人を好きになるかもしれんと思った。
そんな日を思い出す。
「ここに来たらいっつも思うねん。あの2回目に会った日に、なんで結婚を前提に付き合おうって言えへんかったんやって。そう思ってたのに。そう言うてたら凛ちゃんの花嫁姿、おおじいちゃんに見てもらえたのに。」
ペットボトルの水を飲んでから、空を見上げたタケさんの横顔を見ていた。
タケさんの後悔は、空の上にいるおおじいちゃんに届いていると思う。
冬とは思われへん青い青い空に、小さな白い雲が浮かんでいる。
(おおじいちゃん、斤斗雲に乗って見に来たんやね。凛はちゃんと幸せやよ。)
タケさんの本を合掌みたいに両手で挟んで、おおじいちゃんの雲を見つめる。
隣からタケさんが、そっと髪を上げておデコの傷跡を触った。
「おおじいちゃんのこと、思い出してるでしょ?」
おおじいちゃんの斤斗雲が、少しずつ流れていく。
(凛はちゃんと幸せやけど、また会いに来てね。)
流れていく白い雲から、ざらざらの声が聞こえた気がした。
隣にいるもう一人の王子様も、斤斗雲を見送っている。
隣にいる王子様にも、もう一人の王子様の声が聞こえてる気がした。
ざらざらの声で。
なんて聞こえてるんやろう?
タケさんは、頷くみたいに少し動いた。
〈pre fin〉
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