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静かにそう語る青年を見つめ、私は少しだけ悲しい気持ちになる。青年は『元人間』と言っていたが、ということは――もしや、なりたくて吸血鬼になった訳ではないのではなかろうか。
(……吸血鬼にも色々あるんだな。元人間、か。もしかして今も、人から血を吸うのが嫌だったりするのかな)
そう言えば、さっき私から血を吸おうと思ってたらしき時も、私にちゃんと許可を取ってた位だし、普通の吸血鬼とは違うのかも。
私はぼんやりとそんな想像をすると、先程から喋り続けている父とリルゼイに温かいコーヒーの差し入れを運んでいく。
こう休む暇なく話していたら、きっと疲れてしまうだろう。
何より先程から笑顔が力なくなってきているリルゼイには、休憩が必要だと思ったのだ。
「パパ、リルゼイ。良かったら、コーヒーをどうぞ。今ならクリスマスだから、クッキーとシュトーレンもあるからね。お茶菓子にどうぞ」
「ああ、ありがとう、レディ」
父の前にコーヒーを置いた後、リルゼイの前にもコーヒーを差し出そうとする私。
「そうだ、マコト。 私が彼女を助けたのには、もう一つ理由があったのだ」
このタイミングで、リルゼイが思ってもみないことを口にした。
「私は彼女に一目惚れしたんだ」
それを聞いた瞬間、私は手元が狂い、リルゼイの頭の上から熱々のコーヒーを派手にぶちまけてしまう。
「熱っ!?」
彼は思わず飛び上がると、盛大な悲鳴を上げた。
私ははっと我に返ると、慌ててキッチンの方へと踵を返す。
「ふっ、布巾取ってくるから! ちょっと待ってて!」
短くそう告げると、布巾を探すふりをしてキッチンのカウンターの下で蹲る私。
あんな告白は反則だ。心臓に悪すぎる。
私は床下収納に入れてあった保冷剤を手に取ると、自分の頬にそっと当てた。
きっと今の私は、夏に旬を迎える完熟トマトより真っ赤な顔をしていることだろう。
(こんなクリスマス間近に、一目惚れって。幾ら吸血鬼でも、あんな事言われたら運命感じちゃうじゃない……)
私は頬の火照りが冷めるのを待つと、父とリルゼイに布巾を乱暴に押し付け、急ぎ足で自分の部屋に戻ったのであった。
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