第一章

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 それと同じで、ミルク売りにミルク下さいと走ったら売り切れだった、なんてあっちゃいけない。ミルクがないだけで一日の献立がマルッと変わることがあれば、献立が変わったせいでほかの食材を悪くする可能性もゼロじゃない。食事は生活の基盤。朝を彩る一杯のミルクがあるかないかで、一日のモチベーションだって変わるかもしれないのだから。  そんなことを考えながら、マルコはガランとベルを鳴らして短い坂を上る。村長の家の前につく頃には、村長その人であるアニール・クッキーが、玄関前に立つ灯篭の様な小さな石塔の横に立っていた。一本の三つ編みに結わえられた長い黒髪。シャツにショートパンツを合わせ、動物の刺繍が入ったエプロン姿で鍋を持った、マルコとそう変わらないまだ年若い丸眼鏡の女性だ。 「おはよう、マルコ。日差しが暖かい、良い日ね」 「おはようございます、アニールさん。となり山の雲の繋(かか)りも少なくて、暖かい日になりそうですね」 「そうだね。最近はマルフサの棚も新芽を伸ばしているから。お日様に頑張ってもらって、元気を分けてもらわないと」  葡萄によく似たマルフサという果樹のことを話しながら、アニールは空を見上げる。瑞々しさがよく表れた頬が朝日に照らされ、何とも気持ちのいい表情だ。これで村一つの村長なのだから、始めて村にくる行商人には良く驚かれる。しかし村長と聞けば、ある程度の歳を取った老人を思い浮かべるのが普通で、ここ二ペソ村でも最近まで一般的な想像の範疇から外れないお爺さんが村長をしていた。けれど去年の暮に起きた落石事故に巻き込まれて、マルコの両親やほかの村人たちと一緒に村長も亡くなってしまっているのだ。そして、お爺さんから年若い女性、という年齢の隔たりを考えてもらえば分かる通り、村長の跡を継ぐはずだったアニールの両親も、その時に。
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