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本来、いくら血縁だからと言って、村という一つの大きなコミュニティーを回していくのだから、経験も知識も豊富な他の大人が入れ替わりで村長を引き継ぎそうなもの。そしてそれは、どう考えたって村の運営方法としては正しいはずだ――だが、現在二ペソ村の村長は年若い娘のアニールに任されている。それは、アニールがその座を誰にも譲らなかったのでも、周りが責任の押し付けをしたのでもなく、順当な流れとしての結果がそうさせたのである。結局のところ、村長としての地位といった物によだれを垂らす人間がこの村には一人もおらず、村長だろうが村民だろうが、困ったときには互いが報告しあい、互いに支え合えるコミュニティーとして機能しているのが、二ペソ村という場所なのだ。それも村民がそうしようと努力しているのではなく、ごく自然にそれが出来てしまえる村という形で。
マルコとアニールは雑談を交わしながら、その中でミルクのやり取りをする。渡された鍋を受け取り、最後のブリキ缶をゴトリと荷車から降ろしてミルクを移す。
と、そのとき。
働くマルコの横顔をじっと見つめていたアニールは、思い出したように声を上げた。
「あ......ああ、そうだマルコ」
「なんです?」
「崖の祠には今日も行くの?」
アニールの視線が、家の横にある坂をさらに上った先、村を越えて山の中へと移った。そこには坂の上という立地の自分の家より、さらに上へと登っていくような一本道がある。これを進んでいけば大きな川と、それを見下ろせる高台の様な崖、そして見上げてもまだあまりあるほどの大きな岩と、その足元に小さな祠がある場所へと行けるようになっている。
柄の長いお玉を操りながら、マルコはすぐに答えた。
「えっと、はい、行きますよ。いけない日でもなければ、毎日行くのが父さんとの約束だから。村を回り終わって、うちでご飯を食べて、それからですけど」
「ふうん、そっか......」
山の中から視線を戻して、マルコがミルクを移している作業を見るでもなく見るアニールは、少し考える間をあけてから。
「なら、さ。今日はうちで食べないかな......朝ごはん」
「え?」
マルコの手が止まった。僅か驚いた眼がアニールに向けられる。
その目に少しだけたじろぐアニールは、頬を掻きながら。
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