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少年の名前は、マルコ・ストロース。去年の暮に、多くの犠牲者を出した落石事故で亡くした両親の跡を継いで若き牧場主になった彼は、毎朝乳牛から絞ったミルクを牧場から少し離れた二ペソ村へと運んでいる。大型のブリキ缶に詰まったミルクは一缶でマルコの体重の三分の一以上で、それを複数本も載せれば車軸の曲がったボロの荷車で引くには少々難儀する重量になった。けれどマルコは、酷い熱や外も歩けない嵐でもない限り、一日も休むことなくミルクを売り歩いている。村の中を走る道を一つ一つ荷車を引き、額に汗を浮かばせて、今日もガランガランと響かないベルを鳴らすのだ。
さて、そうこうしながら今日のミルクが半ばほど減ったころのことだ。
老いてはいないが若くもない女性の声に、マルコの足は引き留められた。
「おはよう、マルコ」
振り返れば、リゴという赤い果実の農園を営んでいるジョゼット家の夫人が、大きめのミルク瓶を持って玄関から出てくるところだった。
マルコはにこりと笑い、
「はい、おはようございます、ジョゼットさん」
とあいさつを交わした後で、
「リーシャちゃんも、おはよう」
と、膝に手をついて腰を曲げた。
麻で織られたナフキンを頭に巻いたエプロン姿のジョゼット夫人の陰に、五歳になったばかりである娘のリーシャがトテトテとくっついてきていたからだ。
「早起きだね」
「......!」
そんなマルコの声に、けれどリーシャは、ますますジョゼット夫人の陰に隠れてしまう。自分も小さい頃は父や母の陰に隠れていたから隠れる気持ちもわからなくはないが、自分の声に反応して身を隠されると、やはり複雑な気持ちになるマルコだった。
(僕、嫌われてる......?)
ぎこちなくなってしまった笑顔と姿勢を元に戻して、含みのある困り顔を作っているジョゼット夫人に向き直った。
「ええと、それで、今日はどうしますか?」
「そうだね、今日はポテトのポタージュを作るから......瓶いっぱいに貰おうかね」
「分かりました」
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