恋をよぶ眼鏡

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 ガラスのショーウィンドーにたまに映る自分の姿が嬉しかったことなど、何年ぶりだろうか。ずっと忘れていた感覚だった。  この後どうしようか。買い物を続けてもいいし、本屋に立ち寄ってもいい。  そういえば、美味しいパン屋がこのあたりに……  などと考えながら、つい足取りが軽くスキップするようになってしまった。サイズの合わない眼鏡がそれに耐えきれるはずもなく、大きくずり落ちて私は慌ててそれを受け止めた。そこまではよかったのだが、突然立ち止まったため後を歩いていた人にぶつかられ、やっぱり眼鏡を落としてしまった。  「すいません!大丈夫ですか!」  眼鏡を拾いあげる私に、ぶつかった男性の声が降ってきた。 「いえ、大丈夫ですので」  軽く会釈してすぐ立ち去ろうとした私を男性は引き留めた。 「あの、木村さんですよね?青空設計事務所の。僕、米田です。  一度お会いしたんですが、覚えてませんか」  私より少し年上だろうか。清潔そうな短髪に眼鏡の男性だった。でも、見覚えがない。 「この前も眼鏡を落としてましたよね。打ち合わせの時に」 「あ!あの時の!」  私は打ち合わせの邪魔にならないよう、いつも下を向いてコーヒーを出すので、あの時もクライアントの顔は見ていなかった。 「あの時は失礼しました……」  あの時の恥ずかしさが蘇った。穴があったら入りたい。  私は浮かれていた自分が急に恥ずかしくなった。
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