二日後 指物職人与蔵 目明しに対して

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二日後 指物職人与蔵 目明しに対して

 しかし人は見かけによらねェってのはこの事でさ。まさかあの久保先生がねェ。  いやいや旦那。(おい)らみてェな町人だからって、見下げちゃいけねェよ。敵討(かたきう)ちのご法度くれェ知ってまさ。  下手人が他の(くに)に逃げたら、旦那たち奉行所の方々じゃ手出しができねェ。だからお侍様はお侍様同士、殺されたモンの家族が追っ掛けて、仕返ししろってご法度でやんしょ。たとえ何年かかろうと、仇を討つまでは殿様の元にゃ戻れねェ。「返り討ち」に遭ったら、それはそれで死に損と。いやはや、お侍様はお侍様でなかなか因業なご稼業で。  ……ん、大雑把すぎるって。まァ、そう言いなさんな。尊属だの卑属だの、難しい事は分かりませんや。何せ下々の庶民の言う事ですから、へッへへ。  しかし、それにしてもですよ旦那。ええ、仰る通り。俄かに信じられなかったのは俺だけじゃねェ、同じ長屋の連中は皆、出鱈目にも程があると思いやしたよ。女房連中なんざ特に、当日になっても認めたがらねェ奴が幾人も居りました。久保先生の筈がねェ、人違いに決まってる、ッてな具合でね。  ええ、実際の所ここいらじゃ、久保先生を悪く言う奴なんざ一人も居りませんでしたとも。そんな事すりゃ、寄って集って袋叩きになるに決まってやしたから。寺子屋の先生としての尊敬だけじゃねェ。浪人とは言えお侍様の身でありながら、その腰の低い事と言ったら。  俺らみてェのにまで丁重な物腰で、困ってる者が居ったらすかさず助けてくれて。怪我してる者には薬を作ってくだすったり、井戸端に居る女房が居れば必ず桶を運んでくだすったり。餓鬼(ガキ)どもだってそうでさァ。先生に遊んで頂いた事のない餓鬼なんざ、この町内に一人も居りませんや。それでいて学もあって、気風も良くて、腕っ節も強い上に、あの男振りだ。久保先生を嫌いだなんて奴が居たら、それこそ筋金入りの臍曲がりに違ェねェや。  何よりも、なんてェのかな。……そうだ、「(ひん)」。あのお人にはそう、品ってのがありやしたよ。生まれや育ちの良さじゃねェ。物を知ってるとか、剣術が使えるとかでもねェ。ひと(・・)と生まれたからには、あんな風に生きてみてェって手本になるような。俺らみてェなロクデナシでも、毎日少しずつ頑張って、あの人に近付きたいって思わせてくれるような、そんなんでさァ。
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