0人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
三月後 浄土宗円尭寺尼僧月修 阿弥陀三尊像に対して
長田源一郎様が首尾良く仇討ちを遂げられたとの由、この奥山の尼寺にもにも漸く聞こえて参りました。隣国に隠れ忍んでいた久保彦衛門を討ち果たし、見事に御父母の無念を晴らされたと。
久保彦衛門、そうでございます。この私、月修尼がまさという俗名で世にあった頃、夫であった御方でございます。
それだけではございません。源一郎様の御父上源之進様、御母上のお咲様とは同じ城内長屋で隣同士、夫婦ぐるみのお付き合いでありました。当時はまだ物心付く前でしたので覚えてはいらっしゃらないかと存じますが、幼い源一郎様も大層夫に懐いておられまして、よく「おいたん、おいたん」とおんぶをせがんでおられたのが、昨日の事のように思い出されます。
それだけに、何もかもを変えてしまったあの事件が痛ましく、心苦しく感じられるのでございます。隣家の人妻であったお咲様と姦通した夫が、その場面を源之進様に目撃されて逆上し、お二人を斬殺して逃亡したと言われているあの事件。私は離縁、剃髪する事で難を逃れましたが、あれ以来「久保彦衛門」の五字は、御家の中において決して公言してはならぬ禁忌として、まるで痰のように吐き出されるものと成り果ててしまいました。
ですが、御仏だけは御存知でございましょう。ええ、それは真事ではございませぬ。全ては、彦衛門様が皆を庇うために考えられた嘘。
ああ……全ては私の、女の愚かさ、浅ましさが招いた事なのでございます。
最初のコメントを投稿しよう!