第1話

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 親友はそれを、僕と彼との間にある、古いガラスのローテーブルにことりと置き、手を引っ込めた。  彼の目は、まるでその缶詰が、今にも爆発するかのように、注意深く見つめている。 「これを預かってほしい。お前にしか(たの)めないことだ。よろしく頼む」  (のど)が乾いているふうな、切羽詰(せっぱつ)まった声で、彼は言った。  カバンをおろす気もないようだった。 「頼むと言われてもなあ。これ、中身は何なんだい?」  参ったなと思いながら、僕は鼻をすすり、缶詰を見下ろした。それを手に取ろうという気持ちは、なかなか起きなかった。 「中身は……」  言いかけて、溜飲(りゅういん)し、親友はしばし黙り込んだ。  月明かりの中、僕は彼の沈黙に付き合った。  薄暗い部屋の中、窓から見える月のほうが、煌々(こうこう)と明るく思えた。  僕の部屋には薄物のカーテンなどという、立派なものはない。月を見るため、窓を開け放つと、部屋の中は丸見えだ。  もしも誰かが(のぞ)いてみれば、ふたりの男が、缶詰を間に、じっと黙り込んでいる光景が、少々滑稽(こっけい)に見えただろう。 「中身は、俺の狂気だ」  突如(とつじょ)、意を決したように、親友は言った。  まるで舞台の台詞のようだった。
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