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真っ暗闇の中を軽々と進む歩に迷いはない。
わたしには何も見えないが、耳に届くザアザアとした水流の音でアルディさんの言っていた川が間近だと判断した。
溺れた記憶に強張る身体。
しがみ付くように擦り寄ると淀みない足が止まる。
「大丈夫。凍らせるから泳ぐことはない」
何をしたのか分からなかった。一瞬で聞こえなくなった音と肌を差す冷んやりとした空気。再開された動きに仰天だった。
お父さん凄い!見えてないけど凄い!
「サエよ。悪いが手伝って欲しいことがある」
「なんですかね?」
「泣いてくれ」
「は?」
「器を戻すにはサエの涙が必要なのだ」
少し待てと。
またもや何をしたのか分からなかったが、闇の中に小さな球状の明かりがいくつも浮かび上がっていた。
「凄い!これ何?!周囲が見えますよ!」
発光体の一つに手を伸ばす。触れても消えないし熱くもない。謎すぎる! 興奮で騒ぎまくっていると、いつの間にやら洞窟の最深部に到着したようで、壁を見上げていた狼さんに習いその視線の先を追った。
……人がいる。壁にめり込んだ、人が。
「ししし死体っ! うま、うま、埋まってるっ!」
「落ち着け。あれは我だ。本来の、というべきな」
硬い岩盤に囚われるかのように、見えていたのは片方の手首と俯くように垂れ下がっていた長い黒髪の頭である。……我……本来の……? い、意味が分かりませんがっ?!
「詳しいことは後ほど話す。この壁を壊すことは我には出来ない。しかし、この器ではサエ以外の者と意思の疎通が無理なのだ。願いを叶える為には本体が必要になる。我の身に涙を捧げてくれ。それが解除の鍵だ」
えええ! ちんぷんかんぷん大混乱ですよ!
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