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思考や感情を捨て去り、今まで生きてきた自分という存在を打ち消せばいいだけ。
簡単だ……簡単。
即位と同時に訪れた伴侶選びにつけた注文はただ一つ。とにかく出しゃばらず大人しければ誰でも良かった。
ほどなくして子が産まれると、臣下も民衆も伴侶も幸せそうで何よりだと思う。
続けざまに何人かを設け、魔力の強さを受け継ぐ我が子に対し父親らしい指導も施した。
王の義務を果たす日々を積み重ね、臣下や民に請われれば何でもやり、違和感なく仮面のような微笑を常に浮かべることにも慣れた頃、
出会ってしまった。
灰色一色だった自分の世界を覆す、大きな大きな転機と呼べるものに。
「何をしている」
「ひゃあっ!」
安心や安定を与えたとしても、残念ながら一定数の割合でそれを拒む者はいる。
山賊だったか盗賊だったか、対して変わらない無法者の始末に訪れた地で、何とも珍妙な光景を目の当たりにし、思わずというか……声が出ていたようだ。
「もう!危ないじゃないの!いきなり話しかけて来ないでよね!」
「……すす、すまん」
かなりキツイ口調で怒られる。
王となって初めての出来事に面食らい、吃った謝罪を口にした瞬間、
何だろう、コレは。と、ふと思う。
そもそも面食らうなど、とうの昔に捨て去ったあり得ない個人的感情なのに。
王都から引き連れていた兵が今はいないから?
それとも、見慣れない村で見慣れない場面に出くわしたから?
「ちょっとあんた、何ジロジロ見て……あ、分かった。あんたも欲しいんでしょ? 待ってて。取ってあげるわ、騎士様」
自問自答をしている間にも、" 彼女 " の動きを目で追っていたことに言われて始めて気付く。
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