それぞれの過去。それぞれの想い。

3/36
303人が本棚に入れています
本棚に追加
/386ページ
思考や感情を捨て去り、今まで生きてきた自分という存在を打ち消せばいいだけ。 簡単だ……簡単。 即位と同時に訪れた伴侶選びにつけた注文はただ一つ。とにかく出しゃばらず大人しければ誰でも良かった。 ほどなくして子が産まれると、臣下も民衆も伴侶も幸せそうで何よりだと思う。 続けざまに何人かを設け、魔力の強さを受け継ぐ我が子に対し父親らしい指導も施した。 王の義務を果たす日々を積み重ね、臣下や民に請われれば何でもやり、違和感なく仮面のような微笑を常に浮かべることにも慣れた頃、 出会ってしまった。 灰色一色だった自分の世界を覆す、大きな大きな転機と呼べるものに。 「何をしている」 「ひゃあっ!」 安心や安定を与えたとしても、残念ながら一定数の割合でそれを拒む者はいる。 山賊だったか盗賊だったか、対して変わらない無法者の始末に訪れた地で、何とも珍妙な光景を目の当たりにし、思わずというか……声が出ていたようだ。 「もう!危ないじゃないの!いきなり話しかけて来ないでよね!」 「……すす、すまん」 かなりキツイ口調で怒られる。 王となって初めての出来事に面食らい、吃った謝罪を口にした瞬間、 何だろう、コレは。と、ふと思う。 そもそも面食らうなど、とうの昔に捨て去ったあり得ない個人的感情なのに。 王都から引き連れていた兵が今はいないから? それとも、見慣れない村で見慣れない場面に出くわしたから? 「ちょっとあんた、何ジロジロ見て……あ、分かった。あんたも欲しいんでしょ? 待ってて。取ってあげるわ、騎士様」 自問自答をしている間にも、" 彼女 " の動きを目で追っていたことに言われて始めて気付く。
/386ページ

最初のコメントを投稿しよう!