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遮るもののない風は自然の青い絨毯を縦横無尽に優しく駆け抜ける。
ざわざわと足元から立ち昇る音や緑の匂いが鼻を擽っていくことに、思わず顔が綻んでしまう。
「どーですかー? 今回は満足してくれまし……っっ! イダダダッ!痛い痛いっ!!」
青の絨毯に紛れてわたしを取り囲む白いモフモフ達。メェへーメェへーと剥き出しの歯茎と飛び散る涎をもって、ふくらはぎやら膝やらを容赦なく攻撃してきます。
ぐぬぬ……!
どうやらまだご機嫌斜めのようですね。
とっておきの餌場に連日のように連れて来ておりますが、美味しそうにもしゃもしゃ食べているところをわざわざ見計らって喋りかけているのに、怒り出してしまいます。
タイミングの問題かと思ってずっと黙っていた日もあるが、それはそれでやはり気に食わないようでして……
1匹がこちらにお尻を向けてこんもりとフンをわたしに捧げたのを皮切りに、我も我もと一斉に盛り盛りと小高い丘のようなう○こを周囲に撒き散らされて、身動きが取れなくなるという恐ろしい目に合ってからというもの、噛まれても話しかけるようにしている。
あれから2週間が経過しました。
不在だった約半年の間、何度も夢に見たポロ村にとうとう帰って参りましたが……
「サエ。迎えに来たぞ」
「あれ? もうそんな時間ですかね」
「皆が早くしろとうるさくてかなわん。時間はまだだが呼びに行けとせっつかれてな」
「はは。分かりました。羊達もお腹一杯になったと思うので少し早いですが行きましょう」
心の中に重しのようなシコリがあるのは、皆に黙ってトンズラしたせいでしょうかね。
お父さんは何も言わない。
あの日、説得も何もかもを投げ捨てて、ポロ村に帰りたい連れて行って欲しいという願いを快く叶えた後も、おじぃやおばぁ、メリおばぁちゃんに挨拶した後も、手品師として村に滞在する許可を村長さんに得た後も。
理由というものを一切聞いて来ないし、今もまだ聞かれていなかった。
慌ただしく魔術という手品で羊達を小屋へ帰し、移動魔法という手品で老人会の会場ならぬ広場に向かうと、盛大な拍手で迎えられる。
村の人達は何一つ疑うことはない。
肌の色の違う若い男を突然連れて来てお父さんと紹介しても、明らかにタネの分からない魔術を手品と言っても、そうかそうかと納得し喜ぶばかりだった。……素直って凄い。
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