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車が見えなくなると、それまで余裕の微笑みを浮かべていた桐野が、はあ~と大きくため息をついてその場にしゃがみこんだ。
「せ、先生?」
桔平が驚いて声をかけても、脱力したように動かない。
顔だけ上げて、ハハハと力なく笑った。
「…君はあんまりそういうことを知らないほうがいいのかもしれないけれど、あの人は遊佐でも気を使う相手だ。俺なんかは一捻りされちゃうからね、実はかなりヒヤヒヤしていたんだ」
桔平は訳がわからないという顔をしている。
何故、自分の主治医だった男が遊佐の名前をそんなに親しげに出すのか。
そして、あの白髪の男のことを知っているのか。
「あの…桐野先生、遊佐さんと知り合いなんですか?」
「あ、もしかして、そこから?」
桐野は軽く肩を竦めた。
「説明してあげたいけど、堀越君、用事あるんだよね?」
言われて、桔平は自分がどこへ行くところだったのかを思い出した。
先に歩いていた友人たちは、100メートルほど先で、立ち止まってこちらを見ながら何か喋っている。
「えっと、あ、はい」
「今日のことはちゃんと遊佐に報告しないとダメだよ。あの車のオジサンたぶんしつこいから、また来ると思う」
桐野は立ち上がってパタパタとコートをはたいた。
「俺と遊佐の関係については、遊佐に聞いて。なんて答えるのか俺もすごく興味があるから、今度会ったら教えてくれると嬉しいな」
じゃあね、と爽やかな笑顔を残して、桐野は元来た方向に歩いて行ってしまった。
「とりあえず…行こっか」
桔平は、隣に立つ桜田を見た。
桜田は、まだ緊張しているようだった。
「お前の恋人さ、ホント、大丈夫なんだろうな?アブナイ職業じゃねぇよな?」
そう言いたくなる気持ちはわかる。
変な黒塗りの車に、やたら威圧感のあるジイサンが絡んでくるこの状況。
「俺もそう思う…けど、ちゃんとお医者さんらしいよ」
桔平は胸元をそっと押さえた。
服の下にある硬い感触に、なんとなく安堵する。
「あいつら待ってるから、行こう」
「おう」
ちゃんと恋人に文句言っとけよ、と桜田もやっといつもの顔になって言った。
親友を守れる気が全然しなかったのが、本当はすごく悔しかったのだが。
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