第一章

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走り出したバスは爽快に町並みをかき分けて進み出す。すると今まで感じなかった足からの疲労がぞっと湧きだしてしまった。此の疲労感に安らぎを与える座席がなんと心地良かった。降りるのが辛くなる心地良さだった。しかし終点まで行けば帰りが大変だった。バスが進めば進むほど疲れが癒やされる心地良さに反比例するように精神が病んで来る。早く降りないとでも歩くのは嫌だ。曼殊院道の案内音声で別のモードにスイッチが入ってしまった。彼はそこで反射的に飛び降りた。  受付を済ませて暗い部屋を抜けると渡り廊下の向こうが書院になっている。書院に面して枯山水の庭が続いている。上に伸びずに横に這う松が臥龍をイメージしていた。そこにたむろする参拝客は老夫婦と若い女性の三人だけだった。女性は険のありそうな眼差しを庭に投げかけていた。それでも彼はその中間、どちらかと云うと若い女性の傍へ腰を下ろした。着座したのが一つの合図のように若い女性は彼を見た。
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