第一章

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「いやーこれは驚かせて申し訳ありませんなぁ、私どもはこの近辺で敷香と云う喫茶店をやってる者です」 「シスカ、ですか」 「そう敷く香りと書きます」 「まあ淹れ立ての香り高い匂いが漂ってきそうで珈琲店に相応しいお名前ですね」  彼女の微笑ましい表情とは裏腹に老人は寂しそうな表情を湛えていた。 「先程から耳に入るものですからこの庭の余興の様に聴いてしまいました。失礼しました私共はバイトの子に店を任せて抜けてきましたのでごゆっくり」 老夫婦はやっと気を取り直して退席した。彼女は暫くその後ろ姿を見送った。 「感じの良い夫婦ですね。人生あそこまで連れ添えれば羨ましいなぁ」 「そうかしらさっきまで黙って聞いていたなんて悪趣味だわ」 彼女の以外な答えに驚いた。 「そんな感じで見送っていたようには見えないのですが違いますか? それにさっきのあなたの、いや失礼、あのう名前なんて言うんです、僕は鹿能(かのう)って言いますあなたは?」  何でこんなタイミングで、と云う不機嫌な顔で付け足しの様に彼女も合わせて名乗った。 「波多野奈美です。それよりさっき言いかけたのが気になるんですけど」 「さっきの波多野さんの表情が、いえ仕草が余りにも少女っぽかったので驚きました」     
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