たった一冊の本

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たった一冊の本

 着の身着のまま何かをつらつらと書いてみたりする。  走るボールペンのインクが滲んで曲がり角とか、そこにできた空白を埋め合うように紙を汚してゆく。  紙の上を汚してゆくのは、あの日死にたかった思いとか、あの日生きたいと思ったこととかだ。  昨日食べたカレーライスが美味しかったとか、明日友人と一緒にカラオケに行くのだとか。  先週、親に怒られて死にたくなったこととか、学費が嵩んで逃げ出してしまいたいと思ったこととか。  紙の上をなぞって行くのは、僕が思ったことと感じたこと。  僕がしたいと思ったこと、そうではないこと。  僕が好きなこと、嫌いなこと。  誰かがそこに手を加えることはない。  だから、僕は書き終えるまで、いつか燃やされるその日まで、インクが切れるその日まで。  僕は、僕という名の一冊の本を書き続ける。  さぁ、次のページには何を書こう。
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