見えてしまった

6/8
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「ほう、この糸屑が常に見える様になりもののけの類と思ったから斬ったと言うか」 奉行が扇子を突きつけながら侍に尋ねた。 「はい、常に見えるのでございます。ほら、今も。空を見ると特によく見えるのでございます」 この当時、奉行所では拷問にも等しい取り調べが行われていた。その取り調べでも侍の証言はこれまで話してきた「糸屑が見えたから斬った」と言う主張は変わらなかった。 「全く以て理解が出来ぬ。お主は真面目な人柄で同僚からの評判も良い、お主が書く小説も面白おかしくて拙者も好きだ、寺子屋の子供たちもお主があんな事をやったなどとは未だに信じておらぬ。この様な素晴らしい者が何故あんな事をやったのかが理解が出来ぬ」 奉行は一拍置いた。そしてこれまでの穏やかな口調から厳しい口調に変わった。 「例えどの様な者でもやったことは外道畜生にも劣る凶人の極み! よって市中引き回しの後打ち首獄門の刑に処す! 本日の裁きはこれにて落着! 連れてけい!」 侍は白洲より連れて行かれた。その間も侍が空を見上げると数えきれないぐらいの糸屑が雲ひとつ無い空を覆うように舞い踊っていた。 「拙者について舞い回るお前は一体何なのだ」 侍は一条の涙を流した。涙で滲む視界にも糸屑はからかうように舞い回っていた。 「本当に珍妙不可思議なことじゃったの」 奉行がお付きの記録係に言った。記録係は目も合わせずにひたすらに今回の事件の記録を紙に認(したた)めていた。 「こんな事が二度と起こらぬように後世に伝えねばならぬな」 この記録は「糸屑侍」と名付けられ、かつてこんな凶人がいたという昔話として伝えられるのだった……
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!