見えてしまった

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 侍は幼い頃より学問の虫であった。運動神経が鈍い事もあり刀の方はからきしであったがその分学業に精を出した。その真面目さが認められてその侍を悪く言う者は誰一人としていなかった。 ある日の事、侍は空を見上げた。見上げた理由は特に無い。ただ、何も考えずに首を上に向けただけの事だった。普段ならば雲ひとつ無い晴天に対して「綺麗だなぁ」と思うだけで終わる話だろう、だが今回に関してはこれで終わらなかった。 「なんだあれ」 一本の糸屑がふわりふわりと飛んでいるのが見えた。ああ、着物の糸の解れが風で舞ったのだな。そう思った侍はそれを指で摘もうとした。だが、それを摘む事は出来なかった。 「ああ、逃してしまったか」 その時は特に気にする事も無く首を戻した。すると、一本の糸屑は侍の視界から消えた。  侍は武家の家で育った。それ故にかなりの教養を持っておりその教養を活かして物書きの仕事を副業として始めていた。侍としての仕事が無い時は一日中筆と紙に向き合う事も珍しい事ではなかった。時間のある時は寺子屋にて「師匠」として子供たちに読み書きを教える事もあった。遊びに付き合う事もあったが運動神経が鈍く、お手玉をすれば間違いなく顔にお手玉をぶつけ、かつて貴族がしていた蹴鞠をすれば顔面に蹴鞠が直撃する事も珍しくは無かった。そんな「ドジ」であっても皆に対して優しかった故に子供たちは皆心から侍を好いていた。  ある日、寺子屋で子供たちに読み書きを教えていると外に激しい雨が降ってきた。雷神でもやって来たのようにどぉんどぉんと何処かに雷が落ちる音が鳴り響く。子供たちは侍に身を寄せてただただ雷が過ぎるのを待った。激しい雨が止み外を見ると空には綺麗な七色の虹が輝いていた。 「師匠! 虹が綺麗ですよ!」
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