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子供たちがはしゃぎながら言う。侍も首を上げて虹を見た、確かに綺麗な虹がそこにあった。だが、同時に糸屑も見えた。この前の一本の横にもう一本の糸屑が増えていた。
「お前たちや、虹の中をふわぁりと飛ぶ糸屑が見えないのかい?」
子供たちは目を凝らして見るが虹しか見えない。
「師匠、糸屑なんて見えませんよ」
侍は目を擦り虹を見直すが糸屑が消える事は無かった。それどころか虹の根本を見ようと右に首を動かすと糸屑も追いかけて来るのだった。
「お前たち、本当にあの糸屑が見えないのかい」
「見えませんよ」
寺子屋の子供たち全員に聞いてみるが誰一人として糸屑を見た子供はいない。それから気を取り直して読み書きの授業に戻る頃には糸屑は跡形も無く消え去っていた。
侍はこの日より糸屑に苛まれる様になっていた。空を見れば出てくるのは勿論の事、夜な夜な蝋燭の明かりで小説を書いていると文字の上にふわぁりと糸屑が舞うようになっていたのだ。
「一体何なのだ」
侍は顔の前に飛んできた虫を払うように顔の前を払った。だが、糸屑が消えることは無かった。
侍は自身の同僚に尋ねた。
「お主の目の前に糸屑が飛んでいる事なぞはないか? そう、特に空を見上げた時なぞ」
同僚は空を見上げた。同僚の見上げる空は綺麗な青さで輝いていた。そこに侍の言う糸屑などは飛んでいなかった。
「ありません。最近疲れているのではありませんか? 目が赤(あこ)うございますよ」
「ああ、最近は筆がよく進むのでな。宵の口から雉鳩が泣き出す頃までずっと物を書いておる事もあるよ」
「夜は寝るものですよ」
侍は夜になると筆が進む小説家である故にこの言葉は右から左に抜けてしまった。
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