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時渡りのDiary
仕事帰りに立ち寄る古本屋で手に取ったのは、美しい装丁の本であった。
古ぼけた古書に混じり、一冊だけ綺麗な背表紙がやたらと目を引いた。しかし店主に尋ねても、うちの商品じゃないと困惑顔で頬を掻く。誰か悪戯で持ち込んだのだろう、と本を開こうとする。
しかし頁は接着剤でくっつけたようにひとつの塊になっており、飾り本のようであった。
憤慨する店主が捨てようとするのを宥め、インテリアにしたいから譲って欲しいと頼んだのが小一時間ほど前の出来事だ。自室へ帰り、表紙を撫ぜる。
基本的に古書が好きな自分には珍しく、その本には一目惚れをしていた。飾り本なのが非常に惜しい、となんとなく頁を捲るように指を動かした。
ペラッ…
軽い音を立てて、紙は捲れた。
店主が触った時は大量の紙の塊であったというのに。
飾り本でなかったことが非常に嬉しく、最初の頁を開く。厚みのある表紙から想像はしていたが、その本はアルバムのようであった。母親に抱かれた赤ん坊が、穏やかな表情で眠っている。どこの家庭にも存在するような、在り来たりな家族写真であった。
思い出のアルバムを古書店に置き去りにするなんて・・・と思ったが、店主が間違って一緒に買い取ってしまった可能性も有る。
なんとなく持ち主に返してあげたいという気持ちが芽生え、次の頁を捲る。
やはりというか、子供の成長録を記したアルバムであった。
写真と同じ開きにある半分の頁はノートのようになっており、日記をしっかり付けられるようになっている。
赤ん坊の名前は葵。初めての沐浴と書かれた日記には、上手く洗えず石鹸カスが残ってしまったと書いてあった。
母親は三十代の半ばくらいだろうか。優しい瞳で赤ん坊を見つめている姿が輝いていた。
女は子供を産むと【母】になり、女でなくなるなんて言う愚かしい男も多いが、化粧をする気力も時間も無く、それでも尚生き生きと輝いている彼女が【女】以外に何なのだろうと思う。
自分より一回りは上だろう彼女に、淡く恋心を抱いたのは間違いなかった。
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