別れ

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 無宿、喜之助(きのすけ)。二十七歳。右の者(もの)儀(ぎ)、身持(みもち)不埒(ふらち)に付(つき)無宿になり、江戸の諸所(しょしょ)を徘徊(はいかい)致(いた)し、殺人強盗、金銀を押取(おしとり)候段(そうろうだん)、重々(じゅうじゅう)不届(ふとどき)至極(しごく)に付(つき)、市中引き廻しの上、小塚原(こづかはら)に於(おい)て首を刎(は)ね、獄門。  それが俺に申し渡された裁きであった。縄目(なわめ)を受けた俺は馬に乗せられ、江戸市中をゆっくりと引き廻されることになった。その途上、沿道から野次馬が馬上の俺を眺めていた。首を刎(は)ねられて当然だ、さっさと地獄に落ちやがれ…、野次馬はそんな罵声(ばせい)を俺に投げつけ、罵声(ばせい)のみならず、小石まで投げつけた輩(やから)もおり、それが額に命中し、出血した。役人も一応、止めるそぶりは見せたものの、あくまで格好に過ぎなかった。むしろ小石程度、投げつけるぐらいなら歓迎する風情すらうかがえた。それも無理もなかった。何しろ俺は強盗殺人という天下の大罪を犯したわけだから…。  そう。俺は首を刎(は)ねられるだけのことを…、地獄に落ちるだけのことをしでかしたのだ。 俺はふと、空を見た。今日も青空であった。雲一つない晴天…、餓鬼(がき)の時分(じぶん)を思い出す。まだ餓鬼(がき)だった頃、俺はたった一人の妹と、近所の河原で良く遊んだもので、その時もまた雲一つない晴天であったので、ふと餓鬼(がき)の時分(じぶん)を思い出してしまった。  俺は貧しい水呑(みずのみ)百姓の生まれであった。そして二親(ふたおや)に早くに死なれると、唯一人(ただひとり)の肉親であった妹は女衒(ぜげん)に買われて行き、そして俺は田畑もなく、ただあてどなくこの江戸へ流れ着いた。  その江戸で俺は唯一人(ただひとり)の肉親と再会することになった。そう、妹のおようと再会を果たしたのだった。但し、最悪の形で…。
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