再会

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再会

 一月(ひとつき)前のことであった。博打(ばくち)に負けた帰りの俺は、女を連れた恰幅(かっぷく)の良い中年男とすれ違った。その中年男は女が嫌がっているにもかかわらず、無理やりどこかへ連れ去ろうとしている様子であった。ここは助けてやるべきか…、俺はふとそんな柄(がら)にもない仏心が芽生えたが、二人の会話に耳を澄ますと、どうやら中年男は深川の女郎屋からその女を買い取ったという話であり、だから言うことを聞けと、これは中年男の言い分が正しく、俺はその場を通り過ぎようとした。その途端(とたん)であった。男の雄叫(おたけ)びが俺の耳をつんざいた。振り返ると、中年男が崩れ落ちていた。俺はすぐに中年男の元へと駆け寄ると、その中年男は簪(かんざし)を両手に抱えたまま、絶命していた。どうやら女が隙をみて、簪(かんざし)で中年男の脇腹を抉(えぐ)ったようだ。 「おめぇ…」  茫然(ぼうぜん)自失(じしつ)といった風情で突っ立っている女を俺はまじまじと見つめた。そしてその瞬間、生き別れた妹のおようだと勘付いた。もうあれから何年も経っていたが、それでも俺には直感的に生き別れになった妹だと分かった。それが証拠に、俺が「おようか」と尋ねると、その女…、おようは弾(はじ)かれたような顔をしたかと思うと、「お兄ちゃん?」と返したので、俺はうなずくと後は本能の赴くままに動いていた。即(すなわ)ち、中年男が両手で抱え、脇腹に突っ立っていた簪(かんざし)を抜き取ると、血に濡れた部分を袖口(そでぐち)で綺麗に拭(ぬぐ)うと、おようの頭にさしてやり、それから俺はいつも護身用に持ち歩いている…、己の弱さの証(あかし)でもある、ドスを取り出すと、鞘(さや)から抜いて、改めて中年男の脇腹にそのドスを突き刺し、そして中年男の懐中から財布を抜き取った。するとそこへ都合良く、中年男の雄叫(おたけ)びを聞いたらしい市中見廻りの同心とその岡っ引きが俺の元へ…、財布を手にしている俺の元へと駆け付けてきた。同心と岡っ引きは条件反射的に御用だ、神妙(しんみょう)にしろを連呼(れんこ)した。俺はすぐさま降参し、お縄を頂戴した。
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