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世界の調和から、はみだしていく焦燥感と、それさえしのぐほどの放恣な充足感。
おおいかさなる樹陰のすきまから差す木洩れ日が、ふっと金色に輝く幻影を呼びおこした。人影のように見える。
忍はその一点を凝視した。
白い手をさしだし、幻影が笑う。
ーーいっしょに行こう?
おどろいて見なおしたときには、夢はさめていた。
それは陽光にてらされて、ほの暗い森のなかに浮きあがって見える大輪の黄色い花にすぎなかった。
忍はシートにもたれて嘆息した。
風間曹長が問いかけてくる。
「どうかなさいましたか?」
忍は困惑を風間に悟られないよう苦心しなければならなかった。それほど、さきほどの幻影は真に迫って、妙にリアルだった。
「……いや、なんでもない」
風間は何も言わなかった。
そのあとは何事もなく、森のなかを進んでいった。
森の端が明るんできたと思うと、目の前がひらけた。
あぜ道や水路の整備された畑が広がっている。
果樹園や柵のなかに家畜を放した牧場もある。大勢のカーキ色が働いている。
医療品や機器類などの物資のほかは、ほとんど収容所内での自給自足なのだ。そのほうが食料を内地から送り続けるより、はるかに経済的だからだ。
それにしても、あきれるほど牧歌的な風景だ。
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