一章 戒め-2

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忍の記憶のなかの母の顔は、もうあまりハッキリしなくなっている。母は忍が五つのときに、家風にあわないという理由で離縁され、その後の行方を忍は知らされていない。 もともと父が大恋愛のすえに、よい家柄とは言えない母を、両親の反対を押しきって妻にした。 そういういきさつだから、けっきょく結婚生活はうまくいかず、母は追いだされ、まもなく二度めの母がやってきた。 家柄のよい教養のある義母は、祖父母のおぼえもよく、父とのあいだに一男一女をもうけた。 弟妹は可愛かったが、忍が二人をかまうことに、祖父母も義母も、いい顔をしなかった。 家のなかで、忍は自然と一人でいることが多かった。 父だけは忍をたいそう溺愛してくれたが、軍人なので留守がちだった。 だから、自分の家にいながら、赤の他人のなかで育ったも同然だった。ひどい虐待やイジワルをされるわけではなかったが、忍が何をしても、誰も無関心だった。 九龍家の跡取りは弟の拓也と決まっていたし、忍が優秀である必要はなかった。 むしろ、優秀でないほうが、義母には喜ばれたのだろう。なまじ学校の成績もよく、適性検査の評価が高かったものだから、嫌われたのに相違ない。 婚家を追いだされた実母の遺伝子が劣っているわけでないことを証明するために、子どもなりに努力した成果だったのだが……。 それにしても、母の夢など、ひさしぶりに見た。     
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