一章 戒め-2

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やはり、ゾロメの声を眠りのなかで聞いたせいだろう。 忍に対して、あんなに優しく女の声が語りかけてくることなんて、久しくなかった。 (照日さまとは、語りあえるような立場ではなかったしな……) 婚家を追われた母は、今どこで何をしているだろうか? 良家の女ならば、たとえ離婚しても、相手の家柄が劣るなどの条件に目をつぶれば再婚も可能だ。 だが、下層階級の女ほど、それが難しくなる。一度でも結婚に失敗した女の評価はさがる。あえて、その女をめとる者は、よほどのメリットがないかぎり、いなくなる。 働くにしても、どこへ行っても離婚の二文字がついてまわる。よい職業にはつけない。人のイヤがる過酷な労働について、細々と暮らしていくか、身をもちくずして非公認の酒場にでも流れていくか……。 そんな母の境遇を思うと、胸がしめつけられるように痛む。 成人して自分の収入を得るようになってからは、ヒマを見ては母の行方をさがした。しかし、見つからなかった。とうに鬼籍(きせき)に入っているのかもしれない。 物思いにふけり、ぼんやりしていた忍は、ガラスドアの外からゾロメに呼びかけられ、我に返った。 「マスター。遅いです。十分もたっています。遅刻しますよ。遅刻は評価ポイントマイナス二点です」     
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