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序
それはゆっくりとした足取りで、コンクリの階段を降りていく。
黒のブルゾン、黒のカーゴパンツ、そして黒のニット帽といった黒づくめ。
とても整った顔立ちだ。表情は疲れていたが、それでも瞳は獣のようにギラギラとしていた。
階段の先は闇だ。
闇を進んで行くと鉄の扉があり、その中には、コンクリで囲まれた無機質な空間があった。
「おかえり」
そいつが部屋に入ると、労いが飛んでくる。
それと同じような、黒い格好をした小柄な影がベッドに寝そべっていた。
「どう? 殺し方は決まった?」
問いかけられて、
「考え中だ。ここ数日、ターゲットを尾行しているが、なかなか隙が見つからない。少し骨が折れそうだ」
答えながらそいつは、ニット帽を外して椅子に座った。
「長丁場になる?」
問いかける影は、どこか嬉しそうだ。
「そうだな」
そいつが答えると、
「良かった。この街、結構気に入ってるんだ」
影はクスクスと笑った。
そいつは溜息を吐いた。
不意に、そいつは足元に何かを見つける。
拾い上げると、どうやら安物の口紅である。
「イーノ」
そいつは影を睨みつける。
「……それは……」
そいつは問答無用で、口紅をゴミ箱に放り投げた。
最初、影は口紅を惜しむようにしていたが、再び睨まれるとすぐに黙り込んだ。
「俺の仕事を手伝う以上、オマエは男だと言ったはずだ。厭ならすぐにここを出ていけばいい」
そいつは強い言葉で影を諌めてから、
「これは男同士の約束だ」
そんな風に嫌味を込めて、念を押した。
それの名はロウと言う。
闇の世界に生きる殺し屋である。
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