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さて、その貧民街にはとある少女が、母と二人で暮らしていた。
名をイーノといった。
「ねぇ、わたし、……この街を出たい……」
ある日、イーノは母に告げた。
「ねぇ、イーノ。いますぐあの人に頼んで売り飛ばしてあげようか? 少女趣味の変態があなたがを買いたがってるって話、前にされたことがあるの。大した額じゃなかったから断ったんだけど、……逃げられるよりはマシよね……」
ところどころに舌打ちを織り交ぜながら母が言った。
イーノは黙り込むしかない。
それが冗談でないことを、彼女は知っているのである。
イーノは母からそっと目を逸らした。
「ここにいれば贅沢ができるわ」
まるで独り言のように、母がかすれた声で告げていた。
たしかに、ここには貧民街にしては綺麗な家具が揃っている。食べ物にも不自由はない。飢え死にする者もいる街に居ながら、イーノはしっかりと三食を摂れている。
たしかに贅沢な暮しであることは疑いようもない。
だが、この貧民街で贅沢をするためには、相応以上の代償が要るのである。
イーノの母は娼婦だった。
と同時に、スラムを取り仕切るマフィアの幹部の愛人でもあった。
イーノはもうすぐ十三になる。
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