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「ディオネ、本当にごめんなさい」
空疎な謝罪を綴った手紙を残して、姉は姿を消した。
お忍びで訪れた城下町で、庶民の男と懇ろになったらしい。
私が隠棲している離宮に二ヶ月ぶりに遊びにきた日ーー婚礼まであと五日のことだった。
青天の霹靂だった。
南方の海洋国家の王子との婚礼を控えた身である、その自覚がなかったはずがない。
王族の婚姻とは庶民のそれとは違い、人と人との結びつき、家と家との結びつきよりも遙かに巨大な、いわば二つの国家の同盟であり、両国の将来をも左右しかねないという事実を知らないはずがない。
姉が結婚することはそもそも彼女の口から直接聞いたのだ。相手の王子に逢えることや、自国と比べ文化が華やかな国に嫁ぐことが楽しみであるとも。
しかし、私は呆然としつつも、他の感情が湧かなかった。
「ああ、今がそのときなのか」という認識、それだけがあった。
運命の微妙なさじ加減によって、姉より一分にも満たない時間の後生まれた存在。姉の影となり、必要とあれば成り代わることも辞さない存在。
初めからそのように運命づけられていたのだから。
そう、王家の人間達は、残り五日間で姉を捜し説得することに労力を費やすよりも、私を離宮の奥から日の当たる場所に連れ出すことを選んだのだった。
すなわち、私は姉の身代わりとして、嫁ぐことになった。
“いるはずのない”ディオネではなく、国王夫妻の一人娘、ディアナとして。
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