番外編:4数センチの距離

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 ふわふわ、ゆさゆさ揺すられている。フェリーに乗ったことがあるけど、それによく似ていて……でもフェリーとは違っている。……小さな頃に体験した乗り心地で……――と気づいて、目を開けた。  目の前にあったのはもじゃもじゃの髪の後頭部で、理解が追いつかない。 「……りい、ち?」  理壱の背中にくっついている。視界に映る世界は夕方の色に染まった商店街。飴色のレトロな喫茶店の中じゃない。 「起きたか」 「……どうして?」  どうして私はおぶわれているのだろう。 「よく寝てた」 「起こしてくれたらよかったのに」 「おんぶされても寝てるんだ。何度か声を掛けたけど起きなかったと考えないか?」 「ううーん……、覚えてない」  ゆさゆさと、夕暮れ時の景色と長い影がゆっくり後ろに流れる。しだいに心臓が落ち着かなくなって、どきどき鳴り始めた。 「昔を思い出すな」 「……うん。小さかった頃、星を見た帰りはおんぶをしてくれたね」  お父さんとは違う、おにいちゃんの広い背中。あの頃の特等席だった。それは今も変わらない。 「……喫茶店。連れて行ってくれてありがとう。居心地が良すぎて寝ちゃった」 「マスターは仕事を推薦してくれた恩師の兄で、よくしてくれているんだ。大切な人を紹介しろってうるさい世話好きに、自慢したかったんだよ、月子を」 「うん。……ありがと」  大切な人だと自慢してもらえて嬉しい。お父さんとお母さんとのことで心が弱ってたから……泣きそう。  理壱のくせに。 「……月子」  広い背中から伝わる声が優しくて、とくんと鼓動が跳ねた。 「はい」  姿勢を正そうとして飛び出た声が上擦って、ちょっとかっこ悪い。  少しの沈黙が私をやたら緊張させる。 「重い」 「…………降りるっ」  なにを期待したんだろ。ばかみたい。 「乗ってろ」 「重いんでしょ? 恥ずかしいし、降りるよ」 「家に帰ったらもっと恥ずかしいことしてあげるからいいよ」 「絶対に降りる! 降ろして!」 「暴れるな」 「まだ、暴れてない!」  本当に暴れてやろうと肩を握る手に力を入れると、理壱がくつくつ笑った。 「昔はこんな時間から星を見に行ったな」 「……思い出話じゃなくて、ほんの先の話がいい。来週の土曜日は保育参観だから、日曜日。手をつないで星を見に行こう?」 「建設的だな」 「当たり前でしょ。思い出は一人でも思い出せるんだから」 「……変な日本語」 「ほっといて」  そのあとで「そうだな」そうぽつりと理壱が言った。 「変わらないな、月子ちゃんは」 「理壱は年寄りくさいよ」 「そうだな。今まさに腰が曲がりそうだ。労わってもらわないと」  上で動けよと言われ、もじゃもじゃ頭をこちんと軽く叩いてやった。  来週は頑張って手をつなぐのを目標にしよう。  ゆっくりでいいから聞きたいことも言いたいことも言えるように。  二人の時間はたくさんあるから。 おわり
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