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理壱オススメのビーフシチューは、おいしいとしか表現できなかった。複雑な味のデミグラスソースと、よく煮込まれた大きな地元名産品の近江牛がほろほろと口の中で崩れるのがまた絶品だった。
もう喫茶タモンでしかビーフシチューは食べられない。食にも興味がない理壱が褒めるのがよくわかる。
こっちに来てもう二ヶ月。もっと早く連れて来てくれたらよかったのにって、少し恨めしく思ったのは食べ物が絡んだからだ。
理壱はこちらに来てからの間、休日になるとこのお店でブランチを食べていたのだそうだ。
空白の日々を理壱から話してもらえるのが嬉しくて、子供みたいに私はわくわくした。
多聞さんは、からかったお詫びと初めて会った記念にと、昔ながらの焼きプリンをご馳走してくれた。
しっかりした固さの焼きプリンは、区役所に勤めるまでお母さんがよく作ってくれた素朴なプリンを思い出した。
ゆったりとした座り心地の席にもたれて、幸せ心地のなか絵本に目を落とす。
勤め先の園にはない絶版の絵本は、私が小さい頃にお父さんに買ってもらったもの。水彩画のふんわりとしたイラストが懐かしい。
お父さん……。理壱を追いかけたことを電話の向こうですごく怒っていた。
行き先を教えてあるお母さんからは、なにもメッセージをもらえていない。生理不順で病院に行った三年前から、お母さんとはギクシャクしたまま。
家を……、両親を捨てる覚悟をしていたのに、やっぱり堪える。
それでも、理壱を追いかけたのは後悔していない。心に引っかかっているのは、両親と拗れたままだから。
いつか……、時間が上手に解してくれるのかな。
私がもう少し大人になって上手に説明できるようになれば、解決するだろうか。
叔父と姪の私たちを、お父さんとお母さんは許してくれるだろうか。――……きっとその日はとてもと遠いように思う。
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