134人が本棚に入れています
本棚に追加
ふわふわ、ゆさゆさ揺すられている。フェリーに乗ったことがあるけど、それによく似ていて……でもフェリーとは違っている。……小さな頃に体験した乗り心地で……――と気づいて、目を開けた。
目の前にあったのはもじゃもじゃの髪の後頭部で、理解が追いつかない。
「……りい、ち?」
理壱の背中にくっついている。視界に映る世界は夕方の色に染まった商店街。飴色のレトロな喫茶店の中じゃない。
「起きたか」
「……どうして?」
どうして私はおぶわれているのだろう。
「よく寝てた」
「起こしてくれたらよかったのに」
「おんぶされても寝てるんだ。何度か声を掛けたけど起きなかったと考えないか?」
「ううーん……、覚えてない」
ゆさゆさと、夕暮れ時の景色と長い影がゆっくり後ろに流れる。しだいに心臓が落ち着かなくなって、どきどき鳴り始めた。
「昔を思い出すな」
「……うん。小さかった頃、星を見た帰りはおんぶをしてくれたね」
お父さんとは違う、おにいちゃんの広い背中。あの頃の特等席だった。それは今も変わらない。
「……喫茶店。連れて行ってくれてありがとう。居心地が良すぎて寝ちゃった」
「マスターは仕事を推薦してくれた恩師の兄で、よくしてくれているんだ。大切な人を紹介しろってうるさい世話好きに、自慢したかったんだよ、月子を」
「うん。……ありがと」
大切な人だと自慢してもらえて嬉しい。お父さんとお母さんとのことで心が弱ってたから……泣きそう。
理壱のくせに。
「……月子」
広い背中から伝わる声が優しくて、とくんと鼓動が跳ねた。
「はい」
姿勢を正そうとして飛び出た声が上擦って、ちょっとかっこ悪い。
少しの沈黙が私をやたら緊張させる。
「重い」
「…………降りるっ」
なにを期待したんだろ。ばかみたい。
「乗ってろ」
「重いんでしょ? 恥ずかしいし、降りるよ」
「家に帰ったらもっと恥ずかしいことしてあげるからいいよ」
「絶対に降りる! 降ろして!」
「暴れるな」
「まだ、暴れてない!」
本当に暴れてやろうと肩を握る手に力を入れると、理壱がくつくつ笑った。
「昔はこんな時間から星を見に行ったな」
「……思い出話じゃなくて、ほんの先の話がいい。来週の土曜日は保育参観だから、日曜日。手をつないで星を見に行こう?」
「建設的だな」
「当たり前でしょ。思い出は一人でも思い出せるんだから」
「……変な日本語」
「ほっといて」
そのあとで「そうだな」そうぽつりと理壱が言った。
「変わらないな、月子ちゃんは」
「理壱は年寄りくさいよ」
「そうだな。今まさに腰が曲がりそうだ。労わってもらわないと」
上で動けよと言われ、もじゃもじゃ頭をこちんと軽く叩いてやった。
来週は頑張って手をつなぐのを目標にしよう。
ゆっくりでいいから聞きたいことも言いたいことも言えるように。
二人の時間はたくさんあるから。
おわり
最初のコメントを投稿しよう!