10人が本棚に入れています
本棚に追加
「いやーあ、高田君。今回の『菱丸物産』との交渉は、骨が折れたよね」
田村主任が歩きながら話始めた。
無論、高田は偽名である。
「そうですね。苦労しましたよね」
俺は、尾行者に注意を払いながら答えた。
「あんな二束三文の鉱石の値段を、あそこまで吊り上げやがって、そんな値打ちあるかっていうの。なあ」
「そうですよね」
背後から気が抜けない。
「うち以外、どこが仕入れるっていうんだい」
「ええ」
さっきより、近づいてきている。
「まあ、君があそこで、立ち上がって、『帰りましょう』って、よく言ってくれたよ。――あいつら、急にビビッて、こっちの買値まで下げてきたものな。感謝だよ、感謝」
田村主任は上機嫌だった。
『○○商事』までは、後十分程である。そこまで、襲って来なければ、何とかやり過ごせる。とにかく、田村主任がいるんだ。一般人は巻き込みたくはない。
少し、わざと早歩きをした。
「高田君。そんなに急がなくてもいいよ」
田村主任より、二、三歩前に進んだ
「ですが。早く帰って、報告をした方が良いかと」
俺の右手はまだ、腰の拳銃を握っている。傍目には腰痛を連想させるようにはしているが、はたして、背後にいる追跡者には、通じるかどうかわからない。
最初のコメントを投稿しよう!