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「やっとの思いで、成った商談だよ。少しくらい、引っ張ってやらなきゃね」
田村主任は、ニマニマ笑っている。
「そんな――、業務連絡は?」
俺は何気ない素振りで、主任の方にゆっくり振り返った。
「もうしたよ。君がトイレへ行っているときに」
気配が一瞬ゆるんだと感じたが、すぐにもとに戻った。
「そうだったのですか」
業務連絡なんてどうでもいい。
「そこだよ。左に曲がろう」
主任は親指で、角のコンビニの方を指差した。
そして、今度は主任の方が先にたって歩き出した。
角を左に曲がって程なく、一軒の店の前で停止した。
「ここは――、ママが占いをやってるスナックですよね」
「そうだよ。よく知ってるね」
「いいんですか? まだ社に戻ってないのに、酒なんて」
「バカ、コーヒーを飲むだけだよ。それと占いとな。酒は、業務を終えてからに決まってるだろうが」
そういうと、サッと店の中に入ってしまった。
まあ、人の多い繁華街より、数人程度の店の方が、面倒が少なくて済む。俺はそう考えながらドアを閉めた。
店内には、カウンターがあり、テーブルが三つ。隅の方に占い用の席があった。満席で十人程度の客が座れる規模の店だった。すこし薄暗い感じがするが、占いのための演出なんだろう……。
客は一人もいない。これなら、緊急事態が起きても対処できる。
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