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「まずは、お清めね」
ママが、ガラス瓶からピンク色した粉を取り出して、田村主任に少量かけた。
「これはね。ピンクソルトっていうヒマラヤ岩塩なの。ヒマラヤ産のものは、浄化作用が高いので、場を清めるのには最高なんですよ」
ママがいった。
テーブルには、入り組んだ文字列が描かれた古紙。その上にカラフルに装飾された石が並べられている。
「今年は、あなた。良い年になるわよ。最高の年かも。独身ならいいお嫁さんに恵まれ、結婚されているなら子宝に恵まれるでしょう」
「結婚かあ。僕まだ独身なんです」
田村主任は、嬉しさのあまり顔から蒸気が吹き出しているように見えた。
「お代と引き換えに、この『神幸薬』をさしあげましよう。きっと、幸福が訪れるでしょう」
テーブルの上にママが薬袋を置いた。
田村主任はニヤけた顔のまま、お札をママに差し出した。
その時、
「そこまでよ。そのままジッとして、動かないで!」
と背後で声がした。
「麻薬所持、および、銃刀法違反で逮捕します」
さっきの若い女性だった。
俺は咄嗟に振り返っていた。
彼女の手には、小銃が握られていた。
それを確認した俺は、腰の拳銃を引っこ抜き、彼女に向いて身構えていた。
「あんた、刑事なのか?」
思わず声にでた。
こんな状況は一度も経験していない。銃を突き合せたのも初めてのことだった。
「みんな入ってきて!」
彼女が叫んだ。
いきなり、ドアが激しく開き、数人の制服警官が、拳銃を構えてはいってきた。私服の刑事も現れた。
――なんだ。このシチュエーションは、これじゃ、俺が犯人じゃないか? どうなってるんだ……。
「銃を下げて、こっちへ抛りなさい」
鋭い目つきだった。
この気迫、これが、殺気に似た感覚の正体か……。
「あんたら、本物の警官なのか?」
俺は、あえてゆっくり話したつもりだった。
「銃刀法違反? 俺は仕事中だ。それにこれは、正当防衛じゃないか」
「拳銃を持ち歩く一般市民などいない。あなた、何処の『組』の者?」
「俺は……」
といいかけて、声を押し殺した。
俺は、潜入捜査官。ここで、正体を明けせば、せっかく、一年半もの間、誰にも知られず活動してきたのが水の泡になる。
田村主任が、ここにいなかったらなあ……。
俺は思わず唇を噛んだ。
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