ep1 ここにいさせて

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ep1 ここにいさせて

寝て、お腹が空いたら起きて、言葉にならない声を出す。すると、いつもあの美しい人がやってきて、話しかけながら食事を持ってきてくれる。 何度繰り返しただろう。 食事は、液状のものからどろどろしたものに、そして固形のものへと変わっていき、だんだん力なくも寝返りが打てるようになった。 もう自力で上体を起こすことができる一方で、未だに喋ることはできない。 そして彼の一方的な話を聞いて、彼の名がアシュリーということ、両親が何らかの目的で異国から来たことやその両親は事故で亡くなっていること、なぜ僕がここにいるかなどが分かった。 たまたま遠出で買い物をしに行った帰りに、僕が路地裏に怪我だらけの意識がない状態で倒れていたのを見かけ、連れ帰ったそうだ。 彼の声は、聞いていて心地が良い。 少し低めの声音は、凛としている一方で優しく、そしてなにより美しい。話し方も、僕の心を少しずつとかしていくみたいに温かい。 そして袖から覗く痛々しい痣や、鎖骨のあたりにあるミミズ腫れのような傷をみても、決して僕に何も聞かないのだ。 そうしているうちに彼のことを信じることができるようになり、もう触れても震えることはなくなった。むしろ彼の少し冷たい手が熱を帯びた体に心地よいとさえ思える。
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