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「人間が暮らせないような場所で、どうやって生きてるんだろう?」
「そんなのどうだっていいだろ。もうすぐこの星から出ていくんだから」
そう言うと、おろおろとスフェンの掌を這い回る黒い虫に向かってふっと息を吹いた。スフェンが「あっ」とも言い終えないうちに、小さな虫はたちまちどこかに吹き飛んでいった。
*
この星が人間を嫌って数百年、僅かに生き残った人々は、外界と遮断された白く大きなドームのなかでひっそりと生きている。これはいよいよこの星が終焉を迎えると悟った千年前の権力者が作らせたもので、昔はシェルターと呼ばれていたらしい。
地熱に風力、太陽光を組み合わせたエネルギーシステムは修理に修理を重ねて何とか今日まで使い長らえてきた。それでもドームのあちこちに綻びは生じていて、それを直す手立ても尽きかけている。
幾度となく絶望的な状況にあって、それでも残された者たちが生きることを諦めなかったのは、ひとつの希望があったからだ。
権力者が造らせたのはシェルターだけではなかった。枯れゆく星に見切りをつけた彼は、星の外に飛び出すための巨大な船を造らせていた。計画は権力者に近しい限られた者のみが知る極秘のうちに進められ、彼は多くの民を残し、静かにこの星を去るはずだった。
でもその願いは叶わなかった。民を残して己だけが助かろうとする様に疑問を抱いた側近が、すべてを白日のもとに晒したのだ。憤慨した民は権力者を糾弾し、彼ら一族とその関係者に至るまで全員を処刑してしまった。怒りの矛先は事を公にしたはずの側近にまで向き、彼自身も処刑されてしまったというのだから救いようのない話だ。
救いようのない話はまだ続く。権力者は誰に悟られることなく秘密裏に計画を進めていた。それを造ることはもちろん、その船がどこにあるのかさえ一部の人間しか知らなかった。ところが船に関係したすべての人間を処刑してしまったために、肝心の船が隠された場所を知る者が、誰一人いなくなってしまったのだ。
ドームの外に茫漠と広がる砂の大地の、どこかにそれが埋められている。ここに暮らす人々は、自分たちの棲家に限界があることを知ったときからそれを探し続けてきた。既に三百人を切った今の人口なら、全員が船に乗ってこの星を去ることも夢じゃない。
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