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体験終了時間が訪れた。ご主人と奥さん、息子さんに挨拶をし、息子さんの運転する車に荷物を積む。農家の経営事情が厳しいのはなんとなく知っている。というのに、こちらが不安になるくらいの量の土産に申し訳なさを感じつつも有り難く頂いた。
同じ車に乗っていた後輩の家を周り、残り一人となった俺の家までも送ってくれるという親切。ご主人が息子さんに強要した事であるという点を除けば、とてもいい人だと思う。
「家は?」
「緑町です。」
「は?マジか。」
人の住まう地域に文句でもあるのか、とムッとしたまま、無言の車内でただただ揺られた。
住まい周辺へと近づき、口頭でナビをする。こんな地味な地域だというのに、迷う事なく車を走らせる事に感心していた。
「あ、そこの角を曲がってすぐです。」
「は、マジか。」
貴方の語彙の少なさの方がマジか。やや迷惑そうに鼻で笑われ、少し苛立ち始めた頃に見慣れたアパートの前に止まった。
「わざわざ送ってくださってありがとうございます。ご自宅はどちらに?」
「…そこ。」
指した指の先には、自分のアパートの隣の、隣の、斜め前の平屋の一軒家だった。
「…マジか。」
まさかまさかのご近所さんでしたか。謎の気まずさが沈黙となって訪れた時、沈黙から逃れるように運転席から降りていった。直後に後部座席の扉が開いた。
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